3行でわかる結論
Evosepは標準メソッドで大量検体を淡々と回すことに特化したシステムです。ダウンタイムが極めて少なく、運用の段取りも驚くほどシンプル。一方で柔軟性は控えめ(溶媒固定、メソッド最長88分)なので、「何でもこなす1台目」としては少し勇気がいるかもしれません。

結局のところどうなのかまとめ(使用者から見たリアル)
- Evosepは“決め打ちの標準メソッド”で大量試料を淡々と回すのに最適。設計上ダウンタイムが非常に少なく、段取りが楽。
- 柔軟性は低め(溶媒はA=0.1%FA水、B=0.1%FA/ACN、標準メソッド固定・最長88分)なので、1台目の“何でも屋”としてはやや勇気が要る。
- 消耗品はEvotip・カラム・(必要なら)スプレイヤ/エミッター・移動相。EvotipやIonOpticksカラムに公表価格あり(以下参照)。
- Evotipロード=実質的な脱塩工程で、乾固・バイアルへの添加といった前処理の手間が減る。湿潤保存で最長28日までの保持データも(用途により保守的運用推奨)。
- Single cell proteomicsやDeep visual proteomics (DVP)など超高感度測定が必要なケースでは必ずといっていいほどEvosepが使用されている。数pg~ngスケールの低インプットの系では吸着の影響を受けにくいEvotipは有利。
1) Evosepを選ぶ理由(と選ばない理由)
向いているケース
- 多検体を標準化メソッドで止めずに回したい(30〜500 SPD、最長メソッド=15 SPD/88分)。
- ダウンタイム最小・高い安定性・低キャリーオーバーを最優先(保守負担が軽い構造/運用思想)。Evosep
- とりあえずGlobal proteomics (DIA) をする場合。(見たいpeptideが特に決まっていない)
- Single cell proteomicsなどのinput量が少なく(数pg~ng) peptide吸着を抑えた超高感度な測定をしたい場合
向いていないケース
- 難易度の高いpeptideを測定したい場合 (親水性が高い or 疎水性が高い)。
- LCのmethod開発をしたい場合。
- 酢酸の移動相などを使用したい場合。
注意点(柔軟性)
- 溶媒はA=0.1%FA水 / B=0.1%FA in ACNが前提、メソッド長は定義済み(“変更できない設計”)。極端に親水/疎水のペプチドでは、チューニング余地が狭いぶん条件最適化の自由度が少ない。
- ※この「自由度が少ない」は設計思想に基づく一般論(筆者所感)。必要最小限のパラメータで再現性と稼働率を最優先するコンセプトです。Evosep Biosystems
- Target proteomics解析 (PRM/MRM) に向いていないわけではありません。むしろ安定しているので向いていると思いますが、上記にもあるように難易度が高いpeptideはそもそも測定できない可能性があります。
2) カラム選び:Evosep/Bruker系 vs IonOpticks系

- Evosep/Bruker(PepSep)系
- カラム表:PepSep Columns(AMR)
- カラムオーブンの有無で使用できるカラムが異なる。
- 以下参考価格 (by ChatGPT)
メーカー | 製品名 / 型番 | 仕様(L × ID, 粒径) | 対応メソッド | 参考価格 | 価格ソース / メソッドソース |
---|---|---|---|---|---|
Evosep(PepSep) | EV1107 Endurance | 4 cm × 150 µm, 1.9 µm | 200 / 300 / 500 SPD | €696.00 | Evosep公式ストア製品ページ ) |
Evosep(PepSep) | EV1064 Endurance | 8 cm × 100 µm, 3 µm | 60 / 100 SPD | €696.00 | Evosep公式ストア製品ページ |
Evosep(PepSep) | EV1106 Endurance | 15 cm × 150 µm, 1.9 µm | 30 SPD / Extended (15 SPD) | €828.00 | Evosep公式ストア製品ページ |
Evosep(PepSep) | EV1182 Performance (要カラムヒーター) | 4 cm × 150 µm, 1.5 µm | 200 / 300 / 500 SPD | – | Evosep公式ストア製品ページ |
Evosep(PepSep) | EV1109 Performance (要カラムヒーター) | 8 cm × 150 µm, 1.5 µm | 60 / 100 SPD | €912.00 | Evosep公式ストア製品ページ |
Evosep(PepSep) | EV1137 Performance (要カラムヒーター) | 15 cm × 150 µm, 1.5 µm | 30 SPD / Extended (15 SPD)) | €1,004.00 | Evosep公式ストア製品ページ |
Evosep(PepSep) | EV1112 Performance (要カラムヒーター) | 15 cm × 75 µm, 1.9 µm | Whisper 20 / 40 SPD | €1,004.00 | Evosep公式ストア製品ページ |
- IonOpticks(Aurora)系
- Aurora columnはPepSepよりも性能が高い代替となることが公式の Evosepアプリケーションノートにて記載。またAnalChemにてAurora columnが「50%以上の改善」を示したことが記されている。
- Single cell proteomics (SCP)やDeep Visual Proteomics (DVP)では基本的にAurora columnが使用されている。[Nature 2025(SCP)] [Nature 2025 (DVP)]
- 公式ではWisper 20/40 SPDでAurora ELITE (15cm x 75 μm, 1.7μm), Wisper 80/120 SPDでAurora RAPID (5cm x 75 μm, 1.7μm)が使用可能。Aurora column for Evosep(AMR)
- 一方で、2025に発表されたAurora Gen4では150 μmのカラムが追加されたため、スペック的にこれらのカラムも使用可能。
- 以下はThermo MSで使用可能なもの (価格は2025年 10月現在)
メーカー | 製品名 / 型番 | 仕様(L × ID, 粒径) | 対応メソッド | 公式価格 | 価格ソース / メソッドソース |
---|---|---|---|---|---|
IonOpticks | Aurora® Rapid™ 8×150 XT C18 UHPLC column (ESI) | 8 cm × 150 µm, 1.7 µm | 60 / 100 SPD | $ 1,305 | IonOpticks |
IonOpticks | Aurora® Elite™ 15×150 XT C18 UHPLC column (ESI) | 15 cm × 150 µm, 1.7 µm | 30 SPD(+Extended) | $ 1,360 (For any source) $ 1,150 (For Nanospray Flex) | For any source For Nanospray Flex |
IonOpticks | Aurora® Rapid™ 5×75 C18 UHPLC column (ESI) | 5 cm × 75 µm, 1.7 µm | Whisper 120 / 80 SPD | $ 1,045 | IonOpticks |
IonOpticks | Aurora® Elite™ 15×75 XT C18 UHPLC column (ESI) | 15 cm × 75 µm, 1.7 µm | Whisper 20 / 40 SPD | $ 1,360 (For any source) $ 1,150 (For Nanospray Flex) | For any source For Nanospray Flex |
- 以下はBruker MSで使用可能なもの (価格は2025年 10月現在)
メーカー | 製品名 / 型番 | 仕様(L × ID, 粒径) | 対応メソッド | 公式価格 | 価格ソース / メソッドソース |
---|---|---|---|---|---|
IonOpticks | Aurora® Rapid™ 8×150 XT C18 UHPLC column (CSI) | 8 cm × 150 µm, 1.7 µm | 60 / 100 SPD | $ 1,200 | IonOpticks |
IonOpticks | Aurora® Elite™ 15×150 XT C18 UHPLC column (CSI) | 15 cm × 150 µm, 1.7 µm | 30 SPD(+Extended) | $ 1,255 | IonOpticks |
IonOpticks | Aurora® Rapid™ 5×75 C18 UHPLC column (CSI) | 5 cm × 75 µm, 1.7 µm | Whisper 120 / 80 SPD | $ 1,150 | IonOpticks |
IonOpticks | Aurora® Elite™ 15×75 XT C18 UHPLC column (CSI) | 15 cm × 75 µm, 1.7 µm | Whisper 20 / 40 SPD | $ 1,255 | IonOpticks |
まとめ:IonOpticksは高性能との報告が目立つ一方、価格は高め (実際の納品価格で約2倍)。コストパフォーマンス重視ならEvosep/Bruker系、ピーク形状や感度を極限まで追いたいならIonOpticks系、という住み分けが実用的です。
3) スプレイヤ(エミッター)は別体:価格と型番の目安

Evosep系カラムはスプレイヤー部分が別体(統合型ではない)です。
Bruker MS (timsTOF HTやtimsTOF SCPシリーズ)の場合、Captive sprayとなるため、以下のsprayerの使用が可能です。
メーカー | 製品名 / 型番 | 仕様(L × ID, 粒径) | 対応メソッド | 公式価格 | 価格ソース / メソッドソース |
---|---|---|---|---|---|
Bruker | CaptiveSpray 2 Emitter Pack 2x (Part No: 1811112) | 10 µm, 2個入り | Whisper 20/40/80/120 SPD | $ 671 | CaptiveSpray 2 (10 µm) |
Bruker | CaptiveSpray 2 Emitter Pack 2x (Part No: 1811107) | 20 µm, 2個入り | 15/30/60/100/200/300/500 SPD | $ 671 | CaptiveSpray 2 (20 µm) |
Thermo系MS (Q-Exactive, Eclipse, Orbitrap Astral等) の場合、Agilent系のニードルエミッターやステンレス製エミッターを使用が公式では推奨されています。
- Agilent Needle Emitter(XL):**€488(2本入)**の表記あり(地域により見積形式)
→ EV1117 Agilent Needle Emitter (XL)(公式) - ステンレスエミッター(EV1086):型番と互換情報(価格は見積)
→ EV1086 Stainless Steel Emitters(公式)
一歩で、筆者は上記の使用を推奨しません。理由はエミッター取り付けの難易度があまりにも高く、先端をぶつけずにセットするのはほぼ不可能に近いためです。
従ってEvosep系カラムを使用したい場合は、Bruker MSでも使用していたCaptive sprayをとりつけ無理やりセットする(それでもこちらの方がはるかに現実的)か、Aurora columnを使用することを強く推奨します。
4) カラムヒーター:Evosep純正 or IonOpticks

Bruker MSではカラムトースターがdefaultでついているので迷う必要はありませんが、
Thermo MSでは以下のようないくつかの選択肢があります。
- Evosep純正「Evosep Pod(EV1187)」(Pepsep用カラムヒーター, EasySpray source用)
- 製品概要/ユーザーマニュアル(温調40 °C前提のPerformanceカラム運用):
- IonOpticks HeatSync™(Aurora用カラムヒーター, EasySpray / NanosprayFlex 兼用)
- HeatSync™ Starter Pack:USD $2,255(公式価格)
→ HeatSync Controller(公式)
- HeatSync™ Starter Pack:USD $2,255(公式価格)
- Dream Spray for Thermo (どのカラムでも使用可能, EasySpray / NanosprayFlex は不要)
- AMR: 225万円~ (公式)
おすすめ構成
2025年現在のラインナップでは、筆者はEasySpray source + IonOpticks HeatSync™を強くお勧めします。
この中では使いやすさや安定性が最も優れていると思います。唯一の懸念点はAuroraカラムがPepSepと比較し高額なところかとは思います。
また正直、筆者としてはEvosep Podはお勧めしないです。
理由はemitterを取り付ける難易度が高く、先端をぶつけずにセットするのはほぼ不可能に近いためです。((3)スプレイヤーと同じ理由)Dream sprayは汎用性があるため悪くはないですがこの中では一番高いですね。
参考:Evosepは40 °C(Performance系)、IonOpticksを使うWhisper Zoom系は50 °C推奨など、メソッド側で温度要件が明示されています。Evosep Biosystems
5) メソッドと柔軟性:最長88分まで(=15 SPD)
Evosepの標準メソッドは30〜500 SPD(分速換算の固定シーケンス)。**最長は15 SPD(88 min)**で、これ以上の分離延長は基本想定しません。溶媒はA=0.1%FA水、B=0.1%FA/ACN。
- DIA / PRM / DDA いずれの取得モードでも活用可能(公式アプリケーションページあり)。
- DIA:Applications – DIA(公式)
- PRM(Targeted):Targeted workflows(公式)
- DDA(一般):Evosep One/Eno 概要(公式)
「MSの進歩で“もっと長い分離”が必要な場面は稀」というのは運用現場の実感(筆者所感)。スループット×再現性が価値の中心です。
6) Evotipワークフロー:脱塩一体&保存の考え方
- Evotipロード=実質的に脱塩(クリーンアップ)工程。前処理が簡素化され、バイアル詰め・乾固・再溶解の手間が不要に。
- 保存:“乾かさない”前提で湿潤保管(Solvent Aをボックス底へ)・冷蔵推奨。クイックガイドに明記。Evosep Biosystems
- 保存可能期間のエビデンス
- 最大28日まで保持したアプリノート(5 ng〜50 ngレンジ、回収率・ID維持を検証)。Evosep Biosystems
- 9〜10日での安定性検証例も複数(自動化プロトコルやプラズマ解析)。Evosep Biosystems+2Evosep Biosystems+2
- 注意:リン酸化ペプチドは1週間以内を推奨するプロトコールも(STAR Protocols)。対象・負荷量・洗浄条件で挙動が変わるため、重要サンプルは48–72時間以内分析を保守的ガイドとするのが安心です。STAR Protocols
7) ダウンタイム・立ち上げ
- Evosepは**“止まらず回す”思想**(低圧側の設計・標準化メソッド)。高稼働・最小ダウンタイムを前面に掲げています。
- 起動時のプライミング/脱気はマニュアルに溶媒交換・準備手順が整備されており、ルーチン化しやすい。
8) LMNG(界面活性剤)を使った吸着抑制の報告
LMNG(Lauryl Maltose Neopentyl Glycol)添加による低インプット回収改善(LASP法)の査読論文が公開。MCP
LMNGは界面活性剤であり、疎水性が高く、吸着防止剤として働く。
また疎水性が高いためにgradientをかけてもEvotipに吸着したままMSに流れないため、MSの汚染を防ぐことができる。
よくDDMを吸着防止剤として用いた論文を見かけるが、MSの汚染がないLMNGの方がより良いと考えられる。
このLMNGを使用できるのはEvosepならではと言える。
9) カラム・スプレイヤー以外の消耗品と概算コスト(公開価格ベース)
以下ChatGPTで収集した価格リストです。 (価格は地域・為替で変動。公式ストア/見積が最終確定です。)
項目 | 例 | 価格(税・送料別の目安) | ソース |
---|---|---|---|
Evotip 96本 / ラック | EV2013 | €487 / rack | Evosep Shop Evosep Biosystems |
Evotip 10ラック(960本) | EV2018 | €3,372 / 10 racks | Evosep Shop Evosep Biosystems |
※ここにある金額よりはかなり安い感覚です。
10) ソフトウェア使用感
Bruker MSではHystar上でEvosepを操作できます。
Thermo MSではChronosというソフトウェアをPAL softwareの代わりに立ち上げる必要があります。
結論:Evosepを1台目にするべきか?
こんな研究室には向いていない
- 日々未知のサンプルと格闘し、条件最適化が日常業務
- 1台体制で多様なプロジェクトに対応する必要がある
- 極端な分離条件(120分以上のグラジエント等)が必須
こんな研究室には最適
- 大量検体を標準プロトコルで高速処理することがKPI
- ダウンタイム最小化と再現性が最優先
- Evotip前処理による段取り簡素化に価値を見出せる
量を正確に、止めずに回すことに価値を置くなら、Evosepの標準化×高稼働設計は強力な武器になります。